2010年、秋の深まる10月のこと。社宅での生活に一区切りをつけ「自分たちの家が欲しい」という長年の夢に向かって、私たちは初めの一歩を踏み出しました。
「マンションよりも一軒家が良いな…」
それは、何より家族の一員だった愛犬のことを考えてのことでした。留守番をさせる時も安心できる環境、庭で思いきり走り回れる空間―そんな当たり前の幸せを実現したくて、私たちの家づくりは始まったのです。
知り合いだった建築家に相談したとき「土地探しから一緒にしましょう」と言ってくれました。たかが住まいづくり、されど住まいづくり。初めての経験に不安でいっぱいだった私たちに、殻殻さんたちが寄り添ってくれたことが、どれほど心強かったか。
土地探しで私が譲れなかったのは、キッチンからの眺め。料理が好きな私にとって、キッチンで過ごす時間は特別なもの。窓の向こうに田んぼや山々が広がる風景が見えることが、絶対条件でした。
「ここで毎日料理をすると思うと、窓から見える景色は大事なんです」
季節ごとに移りゆく田んぼの表情を眺めながらの家事が、私の密かな楽しみになると思っていました。周りには住宅がほとんどなく、この風景がずっと変わらないことを願って選んだ土地。15年経った今も、田んぼの景観は変わらず、毎日の小さな幸せを届けてくれています。
もうひとつのこだわりは「仕切りのないオープンな空間」。
家族の気配を感じられる開放的な間取りが私の理想でした。その想いを汲んで、私たちにぴったりの設計を提案してくれました。
「住まい全体が開放的だと、生活が楽しくなりそう…」
今でもその選択に後悔はありません。部屋の隅々まで光が届き、家族の姿が見渡せる空間は、長年住み続けた今も変わらない魅力です。
2011年3月9日、仙台市内の喫茶店で最終仕様の打ち合わせをしていた時のことです。突然の震度5強の揺れに、店外へと避難することに。「これが前兆だとは誰も思っていなかった」、そう思い返すと今でも背筋が凍ります。
そしてあの日―2011年3月11日。地鎮祭の前日に東日本大震災が発生しました。社宅で被災した私たち夫婦は、これからのことへの不安で夜も眠れませんでした。
「生活どうなっちゃうんだろう、仕事どうなるんだろう、そして家は建つのだろうか…」
こんな震災の混乱の当日夜、思いがけない出来事がありました。怯えながら車内にいたところ、暗闇のその先に突然現れた建築家。私たちに貴重なガソリンや水や食料を届けてくれたのです。
「辛いだろうけど信じて。強がらなくてもいい、怖がりもせず、まんまの夫婦、家族でいてね」
その言葉に、なぜかとめどなく涙があふれました。
あの瞬間、「この人たちなら全てを任せられる」と心の底から感じたのを今でも鮮明に覚えています。震災という極限状態で見えた人間性が、私たちと殻殻さんの絆をより強いものにしました。
2011年3月26日、無事に地鎮祭を終え、4月23日には上棟式。そして7月15日、ついに私たちの住まいが完成しました。
「これが私たちの家…」と、鍵を受け取った時の感動は言葉にできません。
私たちの生活スタイルに合わせた「ベストな提案」が家中に散りばめられていました。
玄関、寝室、ダイニングテーブル…どれもが私たちにぴったりと寄り添うように設計されていて、初めて足を踏み入れた瞬間から「ここが私のいるべき場所」だと感じました。
特に嬉しかったのは、愛犬の姿。
毎朝「いってらっしゃい」、毎晩「おかえり」と玄関ガラス越しに出迎えてくれるその目に、日々の疲れが溶けていきました。家族全員が心地よく過ごせる空間が実現したのです。
2014年、思いがけない転機が訪れました。夫の仕事の都合で、愛着を持った家を離れなければならなくなったのです。
「せっかく建てた住まいなのに…」
ローンの支払いも残る中での決断は、涙なくしては語れません。
しかし、ここでも殻殻さんが力になってくれました。住まいの再点検と一部の手直しをしてもらい、新婚さんに貸家として住んでもらうことに。丁寧なフォローのおかげで、不安な気持ちも少しずつ和らいでいきました。
そして7年後の2021年、ついに我が家への帰還が実現しました。
「ただいま」
扉を開けた瞬間、実家に帰ったような懐かしさと安心感が全身を包み込みました。他の方が住んでいたとはいえ、すぐに「私たちの住まい」としての愛着が戻ってきたのです。
時とともに変化したこともあります。
かつての愛犬は天国へ旅立ち、2020年からは猫との生活が始まりました。性格の異なる2匹の猫は時には喧嘩もしますが、
窓辺で日向ぼっこをしたり、キッチンの窓から外を眺めたりと、彼らなりの楽しみ方を見つけています。住まいも15年という時を重ね、そろそろ手入れの時期を迎えています。
でも、太陽光発電のおかげで、
電気代の高騰する今でも経済的な暮らしができているのは助かっています。そして何より、私の身長に合わせてオーダーメイドしたキッチンは、
今も使い心地抜群。友人が来ると「低い!」と驚かれますが、
自分にぴったり合った高さで料理ができる幸せを、毎日噛みしめています。
流行のミニマリストや、シンプルな暮らしも素敵だと思います。
でも、15年間この住まいと共に歩んできた今、心から思います。
「住まいづくりに一番大切なのは、建てる人の人柄だよね」ということ。
殻殻さんとの出会いがなければ、この住まいは存在していなかったかもしれません。
震災という未曽有の災害の中で見せてくれた真摯な姿勢、私たちの生活スタイルを理解しようとする丁寧さ、そして何より「人として信頼できる」という確かな感覚。
今では少しだらしなくても許してくれて、年を取っても優しく受け入れてくれる。
そんな理想のマイホームは、私たちと殻殻さんの信頼関係があってこそ実現したのだと思います。
住まいづくりは家族の物語をつくること。その物語を一緒に紡いでくれる「人」との出会いが、最も大切な宝物なのかもしれません。